室蘭清水丘高校 東京同窓会

同窓のたより

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第58回の清水丘ゴルフコンペ

18名参加のコンペは、2014年10月9日 木曜日 快晴(薄曇り)「よみうりゴルフ倶楽部」(稲城市)での開催され、ビデオをかついで取材してきました。     
このコースは、InとOutを違う設計者によるレイアウトだそうで、大変珍しいコースです。直ぐ隣はプロの大会で有名な読売カントリーで、丘陵地に立地したコースでした。(ご参考:18ホール 6,458ヤード コースレート 68.6) 来年春のコンペは記念の60回になるそうで、色々な企画も計画されているそうです。思い思いのコスチュームに身を包み、天候も幸いして鮮やかな緑の中に身を置かれる姿はとても街中でお目にかかる先輩とは違った様子で、リラックスしてエンジョイされている様子でした。ですから、野暮な結果等の情報は控えることにしました。

なぜか、五組目には美人のキャディーさんが二人付き添いになって、先輩各氏ウキウキ気分でスタートされました。






八期平間さん(マダガスカルで)医療活動

各先輩の色々なご活躍を見聞きすると、いつも頭が下がる思いです、同時に後輩として誇らしく感じて、我々も爪の垢を煎じての思いにも至ります。      ここで紹介する平間さんのご活躍の様子は室蘭民報(9月14日)の記事として紹介されました。また同期会に参加された先輩から資料を預かりましたので、記事の内容に加筆して紹介します。
アフリカの島国、マダガスカルの首都アンタナナリボ(標高は1,200mを超える、人口は、約210万人、11月~4月が暑い雨季で、5月~10月は涼しい乾季。成田からバンコク経由で約15時間のフライト))で、厳しい環境の中、看護師として20年以上にわたり医療奉仕をしている平間理子さん(八期)=マリアの宣教者フランシスコ修道会シスター=が3日、室蘭清水丘高校昭和33年卒業生でつくる「八起会」の同窓会に初めて出席し、57年ぶりに仲間たちと顔を合わせ、思い出話を弾ませた。 同地はクーデターが頻発し、政治、経済、治安情勢は深刻。首都・アンタナナリボでさえ下水設備などのインフラは整備されていない。病院の医療体制は劣悪な状態で診断機器や薬が足りず、不衛生。「まずは掃除から始めた」と振り返る。
寄生虫や結核、ペスト、マラリア、糖尿病などが多く、5歳未満で亡くなる子どもは約50%、妊産婦死亡も多いという。自身もマラリアに感染した。医療費は全額自己負担か企業(雇用主)の負担。救急車も有料。患者は薬などを薬局で買って病院に持参する。「お金がないと命を落とします」

日本では想像できない過酷な状況の中、平間さんはたった一人の日本人職員として、医療奉仕への決意と使命感を持って従事する。病院に近い修道院で暮らし、病院からの最低限の手当と日本からの年金で生活。103歳のフランス人と地元の83歳と81歳のシスターたちと一緒に暮らし、彼女たちのお世話もしている。楽しみは日本から送られてくる新聞や雑誌を読むこと。届いたワカメやシチューのルーで料理を作ると喜ばれる。 現地では「人々は大らかで温和。気候が良く、自然が美しい。花は年中咲き、果物もおいしい」とすっかりなじんでいる。今後の取り組みとして「人材育成が必要。奨学金を出して専門資格を取らせ、手に職をつけることで、その日暮らしもなくなる。医療検査機材をそろえ、診断を確実にして治療を行えるようにしていきたい」と展望する。 3年ごとに日本に帰国。今回は登別グランドホテルで開かれた清水丘高校の同窓会とタイミングが合い、念願かなって参加できた。「林間マラソンや文化祭のあんどん行列、スポーツ大会、修学旅行など楽しい思い出がいっぱい。みんな明るく元気そうで、当時の面影が残っている」とうれしそうだった。級友の古川(旧姓・北)紀代子さん=登別市=は「勉強ができて子どものころから優しかった。変わっていないですね」と卒業以来の再会に感激していた。平間さんは同窓生からの寄付を託され、11月1日にマダガスカルへ戻る。

平間さん出演のプライムニュース(抜粋)はこちらをご覧ください。(再配布はご遠慮ください)
1時間少しの長尺です。

上松さんの思い出を語る会 の様子

2013年12月14日土曜日 品川プリンス 品川飯店の一部屋を借りて、上松さま奥様、ご子息(サトシさん)も参加いただきまして、1期から31期までの幅広い同窓の皆さんが参集して、約2時間半上松さんの思い出話を交換しました。ご葬儀等は「近親者で」とのことで参列が叶わなかったことで、どんなお写真で上松さんがと、意向同音に待っていた同窓全員が、遺影を拝し、涙とともに頭を下げ、そして「上松さんらしい」「いいね」と発せられていました。
ご子息にお許しを頂いて、撮影させていただきましたので、掲載します。
     参加された皆さんの8割に当たる方々が、時々「声を詰まらせて」しかしご家族にそれぞれが知っている、思い出に残っているエピソードをご披露し、終始笑い声の響く集まりだったようです。

中でも、中川先輩は、税務関係のお仕事の先輩として、でも上松さんの人柄からくる逸話を、ご苦労されながら発表されるお姿は、数分の絶句とともに涙が止まらずでした。

カラオケでいつもデュエットしたこと、浮気談義をしたこと、いつも美味しい料理をごちそうになったことも、時折爆笑も、失笑もあり、ご家族はさぞ吃驚されたことでしょう。
久しぶりの参加の大西さんは、何かの会で急に胃が痛くなり、上松さん処方の「ガスター」で事なきを得たお話には、実は前段の話があったことが、会のお開き前にご子息披露され、上松さんらしい行動・思考を彷彿とさせることとなり、皆が納得していました。

本当に悲しい出来事で、しかも列席できなかった無念さを抱いていたのですが、実は貫け掛けで一19期女子が参加していたようです。でも彼女の気持ちは痛いように理解できます。そして果たして19期の皆さんは納骨には立ち会われたようです。

ご家族は普段の「お父さん」とは異なる一面を聞かされ、でも痛く納得していらした様子です。サトシさんも立派に成人され、まだ独身との発表で、一期の先輩は早速お世話をなど発言もあり、会は終始、涙と笑いと入り混じった、でもお開き後は何か心地よい気分になりました。

やっぱり此処も『上松さん』が上の方からニカニカしながら、そして『ヨッ!!』と手を挙げて見ておられたのだと実感しました。

それにしても、多趣味だった上松さん、大量の韓流DVD、中島みゆき、ビートルズ、そして60-80年オールディーズのCDを色んな同窓の後輩にコピーしてくださった事実にも、改めて驚かされました。これからも幹事会も総会も、時には他の会合も上から参加してくださいね。

当日配布した思い出の資料は以下です。
  10周年誌から
  20周年誌から
  しみず4号から
  スナップ写真
  しのぶ会でのBGM

囲碁で交流される先輩たち

9月21日土曜日 「しみず」19号の編集の打合せで祖師谷に伺い、一回の和室で囲碁部の皆さんがお昼過ぎから夕方まで碁盤を挟んで熱心に楽しんでいらっしゃいました。
毎月決まった日に参集されて、ほぼ五~六人の方が対局相手を変えて楽しんでいらっしゃいます。足の具合が悪いのに、ゆっくりと歩いていらっしゃる先輩の姿をみると、何かこみあげてくる物も感じます。パソコンを使うため、そっと入室して、邪魔にならないように心がけますが、張り詰めた緊張感に圧倒されるばかりです。
対戦が終わると、すぐに盤面をクリアにせず、熱心に局面のことを聞いたり、開設される姿はとても頼もしい限りです。その日は1期の相撲部出身の先輩も参加されていて、8歳から10歳くらいの違いはもろともせずに愉しまれる姿勢は、単に勝負というより、お互いの気遣いも感じられます。
そして夕方は場所を蕎麦屋に変えて、それこそ囲碁の話題に限らない交流をされていました。囲碁部の皆さんにとっては、毎月の決まった土曜日が「プチ 同窓会」なんですね。










大先輩からご厚意で六大学野球を観戦しました

2013年 9月14日 青山 神宮球場 10:30
時折心地よい風が通って日差しは夏バテした様にすこし柔らかく感じる神宮で東大と明大の試合観戦をしてきました I永先輩から送っていただいた良い席で 両校の懸命の応援とグランドをピリッと駆け回る両校の好試合でした
そしてアットバット時は xxx君 yyyy高出身と毎回アナウンスされます これは気にならずに試合は進んでいきます
何回目かの攻守交替時にふとバックスクリーンに目をやると 電光掲示板には登録選手全員の名前 出身校が掲載されることに気が付い時は それまでピッチング キャッチボール 打撃 そして溌剌としたプレー振りを 素人的感想を頭に浮かべながらの観戦でしたが 夢を見るように光景が浮かんできました
そうです 少し観客席より標高が低い土の上 ホームベースの後ろにI永先輩が座っていて ミットのいい音 ナインへの指示の声が大きく響く光景が重なる まるで時代を遡って現実の様に目に飛び込んできたのです
きっと1940年代では電光板はないはずです でもきっとアナウンス位があっただろうと確信しました(実際にI永先輩に確認したら 確かにアナウンスはあったと仰っておられました) そして 真っ白ではなく少しすすけたバットを手に先輩がボックスへ向かうときは 「8番キャッチャーIJ君 室蘭清水丘(他県に同名校のがあるので 必ず室蘭はついていたはず)」 と神宮の空に木霊したのだろう と もしタイムスリップが叶うなら この現場に行っていて 感激で先輩の姿がかすんじゃってるとも強く想いました
こんな光栄なことは 一後輩にとっても とても誇らしく感じて しばらく現実に戻るのに時間がかかりました
それからは髭ずらの親父が 一人 気味悪く にやにやしながらの2時間30分の試合観戦でした

じつは 上記のリポートと空想は 九月の上旬大先輩から予想外にメールを頂戴したことに始まっています
「お元気でお過ごしのことと思います。  ところで、o島さんは、少年野球の世話役をされているとお聞きしていますが、東京六大学野球の観戦に興味がありますか。  実は、私の手元に、今週土曜日に開幕する東京六大学野球秋季リーグ戦全試合を 観戦できる「特別招待証」(座席指定)がりますので、o島さんが希望されるの であれば 別途郵送します。」
会長をなさっていたころから 幹事会や総会でお話を少しするチャンスはありましたが 私の少年野球のこと 息子(実は34回総会で集合写真のピックアップを手伝わせただけ)を覚えていてくださって メールを出そうと思われたと 後からお聞きしてたいそう感激でした
大勢の同窓の後輩の中から 非常に少ない情報からピックアップいただけ そして 声をかけていただける程 光栄にも 「さすが 先輩」と思わせる とても良い気分の一週間でした
秋季大会 できるだけ時間を作って他校との試合を楽しみにします

グァテマラ から の 手紙 その2(2012年11月23日)

本日も地球の反対側で活躍されている同窓生から便りがありました。実際はFacebookで投稿いただいたのですが、興味深い内容なので転載します。
Guatemala, TIKAL遺跡(世界遺産)を見に行きました。Maya最大規模の遺跡群です。写っているのは1号神殿で、TVや写真などでご覧になった方もいるのでは?日中は大勢の外国人観光客で賑わいますが、早朝だったので貸し切りでした。
遺跡群を含む国立公園一帯はジャングルで、くもざる、ハナグマ、タランチュラ、トゥカーン(くちばしの大きな綺麗な鳥)など、さまざまな動植物にも出会えます。12月21日はマヤ暦の大きな節目にあたるので、日本の旅行者も多く訪れると思いますよ。首都から飛行機を利用すると1泊2日でツアーに参加できます。我が家は予算の制約上、自家用車で片道約9時間を移動しました(笑)。
写真の神殿から少し離れた4号神殿の上から眺めると、ジャングルの木々の中に神殿の上部がいくつも突き出ており、その眺めは壮観です。中米旅行をされる際にはお勧めです!
世界遺産TIKAL遺跡
ちなみに、空中に小さな点がたくさん写っていますが、無数のツバメが虫を捕えている様子です。

TIKAL遺跡 (2012年)

TIKAL遺跡は1979年に「複合遺産」として登録されたそうです。
TIKAL遺跡の位置遺跡の位置関係
古典期マヤ文明の代表定期都市の遺跡で、いつくかのピラミッドが見られるそうです。2,500も前人の知恵と・栄華を観られるのは素晴らしいことです。
いくつかのハリウッド映画でロケ地としても、背景地としても使われていて、インディージョーンズシリーズの四作目でも見覚えがあります。機会があって、お金もあると行ってみたい土地の一つですね。遺跡の地図

増市校舎1974年の様子

「室蘭100年」という冊子が愚宅の引き出しから目を覚ましまして、その中にとても珍しい写真があったのに気がつきました。
増市校舎の全景は、よく撮られているのが測量山からのもので、こんな航空写真があったのには驚きました。
室蘭港の発展の様子を全景として表現されているのですが、妙に中央部分に大きな面積の茶色が目に留まりました。
こんなに広いグランドに恵まれていたんですね。体育の時間に一周は大変だと感じてましたが、空からもくっきりするくらいの空間だったのです。
全景

清水町校舎の全景

室蘭港 開港140年、市政90周年を記念して刊行されました《室蘭の記憶》の各写真は本当に懐かしさと望郷の想いを強くします。
この中に母校の清水町時代の全景を見つけましたのでご案内します。
追直浜側から測量山を望む中心にグランドと本校舎以外の学び舎を見られる写真は、なかなか無いと感じたので転載します。
実際は、実際の書籍でご覧ください。
全景